刺し傷は今も残ったままなんだ

アダルトチルドレン&躁鬱病の愚痴吐き場

母について

順番に紹介して行こうと思いますが
まずは子供に一番接する機会の多い母から。
一番接する機会が多いという事は一番影響を与えやすいですからね。

私の父は転勤の多い仕事でしたので
当然母も私も転勤について行きました。
妹が生まれたのは私が物心つく3歳の時。
ちょうどその頃に転勤もあり、母は見知らぬ地で知り合いも頼れる人もいない状態で2人育児をする事となりました。

父は完全に仕事人間で家事育児はノータッチ。
まぁ昔はそう言う家庭も多かったでしょうけど。
転勤したばかりで母も専業主婦でしたし。
だけど初めての2人育児、頼れる人はいない、社宅に住んでるので周囲には気を使わなきゃいけない。
そんな状態でどうなったかと言うと、まぁ見事に母は気が狂いました。
育児ノイローゼというやつです。
この頃の記憶に残っているのは床に転がり奇声を発しながら泣き叫ぶ母の姿です。
私はそれをどうしようもなく見ている事しか出来ませんでした。

母が泣き叫ぶというのも3歳児には衝撃だったのですが
私が4歳になった頃にはもっとエスカレート。
包丁をふりまわして「殺してやる!!」と叫びながら追いかけてきたり(母が落ち着くまで子供部屋に逃げてドアを閉めていました)。
死ねー!死ねー!と叫びながらベランダから落とそうとしたり(必死で手摺にしがみつきました)。
さらにはこんな状況でも何の手伝いもしない父に苛立ったのか、父似の私と母似の妹で差をつけるようになってきました。
このお洋服が可愛いから欲しいというと
「お父さんがスカートはいてて似合うと思うのか?」と怒鳴られ
「思わない。」」と答えると満足そうに
「じゃあお父さん似のあんたに似合うはずないでしょ!」と言い捨てられて
可愛い服は尽く諦めさせられました。
その後に私が欲しいといった服と同じようなデザインの可愛い服を妹にあて
「妹ちゃんはお母さんに似てるから似合うねー!可愛い!」と見せびらかされました。
私はこの時
自分はお父さん似でブサイクだからしょうがない
お母さんに似てないからしょうがない
と諦めました。
そこからは自分で服を選ぶ事はなくなり、母が指定した服だけ着るようになりました。